なぜCloudflareだけタダなのか 🚰
クラウドの料金表を見ると、だいたいこういう言葉が並んでいる。
Database size: 500 MB / Egress: 5 GB / Bandwidth: unlimited
ストレージ、エグレス、帯域幅。3つとも「量」の話に見える。でも意味が全部違う。そしていちばん財布に効くのは、いちばん聞き慣れないやつである 💸
今日はこれを、水道の喩えで全部ばらす。ついでに「なぜ Cloudflare(クラウドフレア)という会社だけタダなのか」という、けっこう根の深い話まで行く。
🧱 その前に — ウェブサービスは何でできているのか
料金の話をする前に、そもそも何に金を払っているのかを整理しておきたい。
あなたが毎日使っているウェブサービス(SNSでも家計簿アプリでも)は、ざっくり4つの部品でできている。
1️⃣ ホスティング(=プログラムが動いている場所)
プログラムそのものは、誰かのコンピュータの上で動いていないと意味がない。その「動く場所」を貸してくれるのがホスティングだ 🏠
昔は自分でサーバー(=ずっと電源が入っている業務用コンピュータ)を買って部屋に置いていた。今は借りる。Vercel、Cloudflare Workers、Netlify、あのへんが全部これ。
2️⃣ データベース(=文字と数字の保管庫)
ユーザー名、投稿本文、日付、金額。文字と数字を、あとから探せる形で保管しておく場所 🗄️
Excelの表がめちゃくちゃ賢くなったもの、と思っておけばだいたい合っている。「8月に投稿したやつを新しい順で20件」みたいな注文に、一瞬で答えられる。
3️⃣ ファイルストレージ(=画像・音声・動画の保管庫)
写真や動画は、データベースに入れない。でかすぎるからである 📦
文字は1件が数百バイト。画像は1枚で数百キロバイト、つまり1000倍ある。同じ棚に混ぜると、文字を探すたびに画像を掻き分けることになって全部が遅くなる。
だから別の倉庫を用意する。それがファイルストレージ(Cloudflare R2、AWS S3 など)。
4️⃣ キャッシュ(=手元のメモ)
何度も同じことを聞かれるなら、毎回倉庫まで取りに行かず、手元に写しを置いておけばいい 📝
「今日のニュース一覧」みたいに、全員に同じものを返す上に、そう頻繁には変わらないデータ。これをキャッシュに置くと、劇的に速くなるし安くなる。Cloudflare KV がこれにあたる。
🚰 本題 — エグレスとは「出ていった水の量」
ここからが本丸だ。
倉庫を借りる、という感覚だと、料金は「どれだけ置いたか」で決まる気がする。トランクルームと同じ発想である。
でもクラウドは違う。置いた量より、出ていった量のほうが高くつく。
水道で考える
- 🪣 バケツの大きさ = ストレージ容量(= どれだけ置けるか)
- 🚿 蛇口の太さ = 帯域幅(= 一度にどれだけ勢いよく出せるか)
- 💧 出ていった水の総量 = エグレス(= どれだけ送り出したか)
エグレス(egress)は英語で「出ていくこと」。反対語は イングレス(ingress、入ってくること)。
サービス側から見ると、
- あなたが写真をアップロードする → 入ってくる(イングレス)
- 誰かがその写真を見る → 出ていく(エグレス)
そして、ほとんどのクラウド事業者は、入ってくるほうをタダにして、出ていくほうから金を取る 🎣
なぜ出ていくほうだけ有料なのか
事業者にとって、インターネットへ繋がる回線の使用料が実コストだからだ。
そして商売の設計として、データを預けるのはタダにしたほうが、預けてもらいやすい。出すときに取ればいい。入るのを無料にして出るのを有料にすると、データは自然に溜まる一方になる。引っ越しにも金がかかるので、逃げにくくもなる 🪤
これを業界では「データ重力」と呼んだりする。上手い商売である。
5GB は一瞬で溶ける
数字で見るとわかりやすい。
たとえば 1枚500KBの画像を貼ったページがある。これを1万人が見たとする。
0.5MB × 10,000人 = 5,000MB = 5GB
Supabase(=よく使われるデータベースサービス)の無料枠は、エグレスが月5GB。
つまり、画像1枚のページが1万回見られたら、それだけで月の無料枠が終わる 😇
TwitterでバズってPVが跳ねると喜んでいるうちに、裏では請求書が育っている。これが「クラウドは急に高くなる」の正体だ。
💰 このエグレス、実は原価の何十倍で売られている
ここが面白いところで、Cloudflareが2021年に「AWSの目に余るエグレス料金」というド直球なタイトルの記事を出している。
主張はこうだ。
- AWSのエグレス料金は、卸売の回線価格に対して357%〜4,600%の上乗せがある
- 過去10年で、回線の卸売価格は93%下がった
- でもAWSのエグレス料金は25%しか下がっていない
しかも「歴史の古い市場ほど、Amazonは顧客から搾り取る傾向がある」とまで書いてある 🔥 同業他社への公開ケンカである。
原価が9割下がったのに値段を2割半しか下げない、というのは、要するにそこが利益の源泉ということだ。
☁️ なぜCloudflareだけタダにできるのか
で、当然こう思う。「Cloudflareだけタダって、赤字を垂れ流して客を集める作戦では?」
そうではない、というのがこの話の面白いところだ。もともとの商売の形が違う。
Cloudflareは「回線を持っている会社」だった
Cloudflareは、データベース屋として始まった会社ではない。CDN(=Content Delivery Network、世界中にコピーを置いて、ユーザーに一番近い場所から配信する仕組み)の会社である 🌍
つまり創業からずっと、世界中のデータセンターに回線を敷いて、大量のデータを流すのが本業だった。
その回線は、ピアリング(=通信事業者同士が直接ケーブルを繋ぎ合う契約)で他社と直結されている。しかも多くはsettlement-free peering、つまり相互に無料で繋いでいる。
前掲のCloudflareの記事はこう書いている。
直接接続(settlement-free peered)されている相手との間には、意味のある追加コストが発生しない
回線はもう敷いてある。相手との接続もタダ。そこに1GB余分に流しても、増える費用はほぼゼロ 🎯
だから「エグレス無料」は太っ腹なキャンペーンではなく、自分だけコスト構造が違うから、そこを無料にして殴りに行ったということだ。競合が利益の柱にしている場所を、原価ゼロで壊しに来ている。
📊 実際に数字を並べてみる
概念がわかったところで、2026年8月時点の実際の無料枠を並べる。全部公式ドキュメントで確認した数字だ。
データベース
| Cloudflare D1 | Supabase | |
|---|---|---|
| 容量 | 5GB(1DBあたり500MB) | 500MB |
| 読み取り | 500万行/日 | 実質無制限 |
| 書き込み | 10万行/日 | 実質無制限 |
| エグレス | 無料・無制限 🎉 | 5GB/月 |
| 放置したら | そのまま | 1週間で一時停止 ⚠️ |
Supabase無料枠の1週間放置で止まるは、意外と知られていない落とし穴。個人開発でたまにしか触らないものを置くと、ある日死んでいる。
ファイルストレージ
| Cloudflare R2 | Supabase Storage | |
|---|---|---|
| 容量 | 10GB | 1GB |
| エグレス | 無料 🎉 | (DBと合算で5GB) |
10倍の容量で、出す量は無制限。画像を扱うサービスだと、ここの差がそのまま請求額の差になる。
ホスティング
| Cloudflare Workers | Vercel Hobby | |
|---|---|---|
| 無料枠 | 10万リクエスト/日 | 転送100GB/月 目安 |
| 商用利用 | OK ✅ | 禁止 ❌ |
これがいちばん大事かもしれない。Vercelの規約にはこう書いてある。
Hobby teams are restricted to non-commercial personal use only. (Hobbyプランは非商用の個人利用に限る)
そして「商用」の定義がかなり広い。
- 💳 サイト上で支払いを受け取る
- 📢 広告を載せる(Google AdSense含む)
- 🔗 アフィリエイトリンクが主目的のサイト
- 🙏 寄付を募る
- 👨💻 サイトを作る/更新する対価を受け取っている
寄付ボタンを置いた時点で商用扱いである。ブログにアフィリエイトを貼っている人、Buy Me a Coffee を置いている人は、けっこうな確率で該当する。Pro プランは月20ドル。
一方 Cloudflare Workers は無課金でも商用利用が認められている。有料プランも月5ドルから 🪙
🗄️ ついでに: SQLiteとPostgreSQLって何が違うのか
D1を調べると必ず「SQLiteベース」と出てくる。Supabaseは「PostgreSQL」。この違いも概念だけ押さえておくと効く。
SQLite = 1冊のノート
SQLite(エスキューライト)は、データベース全体がファイル1個で完結する仕組み 📓
軽い。速い。持ち運べる。実はあなたのスマホの中にも大量に入っている(iPhoneの写真アプリもLINEも中身はSQLiteだ)。
弱点は書き込みが一列なこと。1冊のノートに複数人が同時に書き込めないのと同じで、書き込みは1人ずつ順番になる。
PostgreSQL = 窓口が複数ある役所
PostgreSQL(ポストグレスキューエル)は、複数の人が同時に書き込めるように作られている 🏛️
窓口がたくさんある役所のイメージ。同時に何十人が手続きしても詰まらない。機能も豊富で、位置情報の検索とか全文検索とか、重装備なことができる。
どっちを選ぶか
個人開発の最初は、まずSQLite(D1)で困らない。
「1人ずつしか書き込めない」が問題になるのは、同じ瞬間に何十人も書き込むサービスになってからだ。読み取りは並列にできるし、そもそも大半のサービスは読み取りのほうが圧倒的に多い 📖
苦手なのは全文検索(=本文の中の言葉であいまい検索する)。ブログの中身を検索したい、みたいな用途だと別の道具が要る。
⚠️ 初心者がハマる落とし穴
目次のない本を全部めくる問題 📚
D1の無料枠は「読み取り500万行/日」。多そうに見える。でも意外と溶ける。
なぜかというと、インデックス(=データベースの目次)を作っていないと、1件を探すために全部の行をめくるからだ。
10万件のデータから1件探す場合:
- 目次あり → 数行読むだけ 🏃
- 目次なし → 10万行読む 🐌
これを1日50回やったら、それだけで500万行。データが1件も増えていないのに無料枠が終わる。
対策はシンプルで、「よく検索する列にインデックスを貼る」。AIに作らせるときも「インデックスも貼って」と一言添えるだけでいい。
D1の天井は「1データベース10GB」
D1の制限を正確に書くと:
- 無料: 1DBあたり500MB、DBは10個まで
- 有料(月5ドル〜): 1DBあたり10GB、DBは5万個まで
「10GBが天井」と言われることがあるけれど、天井があるのは1つのDBについてであって、アカウント全体ではない。それでも1つのDBを10GB超で育てたくなったら、そのときは引っ越しを考えることになる。
まあ、テキストで10GBというのは文庫本にして数万冊分なので、個人開発の最初に心配する話ではない 😌
🏠 参考: 僕のダッシュボードの実測値
抽象論だけだと実感が湧かないので、自分が毎日使っているものの数字を出す。
日記と習慣管理のダッシュボードを、CloudflareのD1で動かしている。4ヶ月ほど毎日書き続けた結果:
- データベースサイズ: 16.4MB(無料枠500MBの3%)
- 1日の読み取り: 1,673行(上限500万行の0.03%)
- 1日の書き込み: 24行
無料枠の使用率が0.03% 🫠
このペースだと、上限に触れるのは計算上1600年後くらいになる。個人が使う道具として、金の心配をする必要が本当にない。
もちろんこれは「1人しか使っていないから」だ。でも逆に言えば、個人開発の最初の数千ユーザーくらいまでは、料金表を睨む時間より作る時間に使ったほうがいい、ということでもある。
🤔 で、これがあなたに何の関係があるのか
🙂 とくに何も作っていない人へ
「クラウドが安い」というニュースの正体が、回線を持っている会社が、持っていない会社の利益の柱を無料で殴っているという構図だ、と知っておくと、この手のニュースの読み方が変わる。
値下げ競争は、たいてい「太っ腹」ではなく「自分だけコスト構造が違う場所を攻めている」。SaaSでも通信でも小売でも同じ形が出てくる 🥊
🏢 会社でシステムの見積もりを見る立場の人へ
見積書に「データ転送料」「通信費」の項目があったら、そこが何倍のマークアップなのかを一度聞いてみる価値がある。
Cloudflareの主張が正しければ、その原価は表示価格の20分の1以下のこともある。少なくとも「容量は安いですよ」と言われたときに、容量の話でごまかされない耳は持っておきたい 👂
あと、画像や動画を多く扱うシステムほど、この項目が後から効いてくる。契約時点では小さく見えて、使うほど育つタイプのコストである。
👨💻 これから何か作ってみたい人へ
覚えて帰ってほしいのは3つだけ。
- 料金は「置いた量」より「出した量」で決まる。バケツより蛇口 🚰
- 無料で始めるならCloudflare。エグレス無料が構造的に効く
- Vercelの無料プランで金を稼いではいけない。寄付ボタンも広告もアフィリエイトも商用扱い ⚠️
3番目は規約違反で止められると本当に困るので、収益化を考えた瞬間に確認してほしい。
まとめ
- エグレス = サービスから外へ出ていったデータの量。クラウド料金の主役
- 入ってくる方は無料、出ていく方は有料。データを溜めさせて逃げにくくする商売の形
- AWSのエグレス料金は、Cloudflare曰く原価の4.5〜47倍
- Cloudflareがタダにできるのは、もともと回線を持っていて、ピアリングで繋がっているから
- 個人開発なら、D1(データベース)+ R2(画像)+ Workers(公開)で当分タダ
- 落とし穴は、インデックス忘れとVercel無料プランの商用利用禁止
「安いから使う」ではなくて、「なぜ安いのかを理解した上で使う」ほうが、たぶん長く付き合える 🤝
同じCloudflareが自社のAI作業環境をまるごと配った話は、こちらに書いた。あの気前の良さも、たぶん同じ構造から来ている。